今日のランチは千駄ヶ谷のグッドモーニングカフェでいただきました。5年前にオープンしたお店ですが、今月末に閉店し原宿に移るんですよね。朝7時から開いていたので、こちらにPCを持ち込んで仕事をしたり、本を読んでいたんですよね。残念。

さて1人ランチなので、カウンターにご案内いただきました。込んでいる時は、ちょっと狭くてもカウンター席のほうが気が楽。

またおしゃれな雑誌や写真集、画集が置かれているので、お腹だけではなく目も楽しませてもらえますよ。

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今日手に取ったのは『カフェの光景』。1991年に出版された本です。こちらヨーロッパの300年続くカフェ文化が紹介されています。作家など文化人がサロンとして通ったカフェのエピソードもなども。

私が気に入ったのはハンガリーの首都・ブダペストのカフェ・フンガーリア。第二次世界大戦後、1954年にカフェ・フンガーリアとして再開したカフェは、2006年にニューヨークカフェと名前を変えながらもオープンしているそうです。

内装も見てみるとカフェ・フンガーリのほうが、雰囲気があっている感じがするので名前が変わったのは残念かも。

さてカフェ・フンガーリに通った劇作家のモルナール・フェレンツは

書斎はブダペスト 客間はウィーン 食堂はパリ 寝室はベネチア

という言葉をよせたとか。本をたくさん持ってハンガリーにはせ参じたいです。



さて初めてハンガリーのブダペストを訪れたのは19歳の時。

1989年にドイツでベルリンの壁が崩壊したのを皮切りに、中欧・東欧に民主化の流れが加速しました。1992年は、まだ西と東の「境目」を感じる時期、縁があってオランダに短期留学をしていました。

滞在中、学校が1週間ほど休みになるということで友人たちはそれぞれ旅行の計画を立てていました。

フランス、ドイツ、ちょっと足を伸ばしてイギリス、いえいえもっと先にあるスペイン!

盛り上がっている会話を聞きながら私は思ったのです。「東へ行こう」と。

パリ、ベルサイユ、リヨン、ブリュージュ

ではなく、

ワルシャワ、クラコフ、プラハ、ブダペスト

を、目指すことにしたのです。他の人と違う動きをしたがるB型の典型だったのかもしれません。それに、急激に変わりつつある東ヨーロッパを「今、見ておかねば」とも考えたのです。ニュースになっているドイツのベルリンではなく、さらに先に!

ポーランド、チェコ、スロバキア(通過)、ハンガリーはいずれの国もビザが必要でした。旅行しながらその国にある各国大使館に行きビザを取りながら進むという、綱渡り旅行でした。だってオランダも住んでいたのはハーグとかアムステルダムではなく、南の果てのマーストリヒトだったんだもん。各国の大使館、ないもん。

移動は電車。それも夜行列車。宿はユースホステル。カバンはリュック1つ。ポーランド語、チェコ語、スロバキア語、ハンガリー語は全く話せず、微妙な英語とオランダ語(これも中途半端)。

そして、この無謀ともいえるツアーに誰一人として参加者はいず、私1人の「ぶら~り旅」でした。

想像通りの珍道中。最初は割愛。旅の2日目、ポーランドのワルシャワでチェコ、スロバキア、ハンガリーのビザをゲット。ワルシャワはビザを取りに歩いたといっても過言ではありません。旧市街地も楽しみましたが。

チェコ・スロバキアがお互い独立していたので、ビザも2つ必要でした。

寝台列車に乗ってポーランドの下にあるチェコを目指しました。私の予定では、チェコのプラハで2泊して、その後スロバキアを列車降りずに通過(でもビザが必要だった!)。まっすぐハンガリーのブダペストに入る予定でした。

ゴトン、ゴトンと揺れていた寝台列車が急に速度を落としました。そしてゆっくり止まったのです。

あたりは真っ暗。

「あ、国境か」と私は目を覚ましました。ここで寝台列車が止まり、警察なのか、軍人なのか、そんなユニフォームを着た男性が寝台列車の部屋を回りパスポートを回収していきます。

パスポートは、海外では命の次に大切なものです。国境の慣わしとガイドブックに書いていましたが、他人にパスポートを取られる・・・それも窓口で渡すのではなく、どこかに持っていかれるのは不安なものです。

どれくらい時間が経ったでしょうか。

同じユニフォームに身を包んだ男性が、パスポートを返してくれました。最初にするのは自分のかどうか確認すること。何人の日本人が同じ寝台車に乗っているか分かりません。ここで間違えて渡されたら東ヨーロッパでひとりぼうぜんと立ち尽くす自分になるだけです。スマートフォンもない時代なので「パスポート違っていたなう」ともつぶやけないし。

ページを開くと、私の顔写真が見えました。「あ、よかった」と、パスポートを首から下げるバックにいれると、ほっとしたのか深い眠りに落ちました。



朝が来ました。昨日の光景は夢じゃないよね、と思いバックに手を当てると、パスポートがちゃんと入っていました。

よかった。

そうだ、ポーランドの出国スタンプはどんなんだろう。

そうして、チェコの入国スタンプは。



この瞬間はちょっと楽しい。ドキドキしてパスポートを開きました。

ポーランドの出国スタンプをチェック。なるほど、なるほど。


そして


ん、


あれ、


ない・・・。





チェコのビザに押されているはずのスタンプがない!「え、入国していないことになってるんじゃないの」と一瞬にして青ざめた私。めまいをしながら、1枚めくると見えたものは。




何でチェコのパスポートコントロールは、スロバキアのビザの上に判子を押したんだよぉ。

チェコとスロバキアが分かれたばかりで、混乱したのかもしれないな。




そろそろプラハに着く。正規ルートでチェコに入国はしたのだ。私には罪はないはずだ。でも数日後、チェコからスロバキアを経由してハンガリーに移動する。

スロバキアの国境警察が「だれがスロバキアのビザの上に判子を押したんだよ!」と警告され、入国を拒絶されたら私はどうすればよいのだ。この土地で一人ぼっちは正直きつい。「チェコがやりました」と民族間の紛争を煽るわけには行かない。自分のせいにするか。でも「私がやりました」というとビザ偽造罪で捕まってしまうだろう。それは悲しい。

「あ、寝台列車で寝ていて気がつかなかったことにしよう」すっとぼけキャラで国境をこえることに決めました。

また夜、チェコからスロバキアに向かう寝台列車の中にいた私。今度は・・・寝られませんでしたよ。ただキャラ設定を「寝ぼけている人」なので、国境でパスポートを取りに着たら思いっきり寝起きの悪い人を演じようと思いました。

パスポートを渡します。




戻ってきました。




何事もなかったように電車は動き出します。パスポートのどこにどの判子を押されているのか。もうどうにでもなれという気分でした。

明日の朝、またパスポートを見ればいいや。

シャツのボタンがきちんと収まった気分でした。多少のもやもやは心に残しつつ。



そしてついたのがブダペストでした。その頃はおしゃれな衣装も持ち合わせていなかったので、きれいなカフェに入ることもなく、街をぶらぶら歩き、空気を感じる・・・そんな旅でした。



あれから2倍の年をとりまして(笑)。そろそろブダペストのカフェを書斎にする、そんな旅をしてみたいですね。

その時にはパスポートには細心の注意を払いますよ。



二度と行くことはないだろうと思った東欧も21歳の時、また縁があってドイツのベルリンに滞在した時、再来しました。その話はまた今度。







カフェの光景―世紀末ヨーロッパの主役たち
ローゼ・マリー ゾンマー・バンメル
TOTO出版
1991-02






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